2016年3月号掲載「特別寄稿」日韓トンネル推進全国会議事務局長 大塚 正尚

「ミスター海底トンネル」持田 豊

青函トンネルの地質委員会の顧問をつとめた佐々保雄は、共に技術面で大きな役割を担った持田豊に、夢をつなぐように日韓トンネルへの参加を呼び掛けた。

持田は、国鉄から1964年、日本鉄道建設公団青函トンネル調査事務所所長代理を経て、1981年同海峡線部長となり、種々の困難に直面しながら青函トンネルの完成にまで携わる。青函トンネル建設の死闘を描いた映画「海峡」で、高倉健が演じた主人公のモデルとなった人物でもある。

「ミスター海底トンネル」とも呼ばれた、持田豊氏が、高倉 健 扮する主人公のモデルとなった。映画「海峡」(c)1982 東宝。

著書『青函トンネルから英仏海峡トンネル―地質・気質・文化の壁をこえて―』の中で、海底トンネルの特色として、水圧について「どのようにして水圧に耐え、どのようにして湧水量を減らすかが、建設中、完成後を問わず最大の問題である」とする。

日欧の地質の相異について、「日本の地質条件は、ヨーロッパのそれに比べると非常に悪い。いずれの国の技術者にとっても想像を超える悪条件であり、そのような所でトンネルを掘るのはカミカゼ的という感想を持った」

対して、「ヨーロッパそのものが安定地塊といってよい。英仏海峡トンネルのように、チョークマールという地層を連続して追跡することが可能であり、この掘削しやすいチョークマール層に合わせて、合理的にルートを選定すれば問題はなくなる。実際は水が少し出た程度で、この程度の割れ目に近い断層ならば、青函トンネルでは万を超える数はあったといえよう。」

立ちはだかる厳しい自然に対して日本人はどのように対してきたか。持田は、自然は愛すべきものであるが、恐怖すべきものでもあり、自然に逆らわずできれば調和して暮らすことを心がけると共に、自然条件の変化を少しでも早く読み取ろうとした感性が、トンネル技術にも生かされてきたという。よく観察して、自然の中にはゆるやかなものと厳しいものがあるのだから、なるべくその間隙をついてゆるやかな方に、厳密に進めていく心構えが必要だと鋭く説く。

持田の地質の違いから、気質そして文化の違いへと進んでいく思考には、興味深いものがある。

青函トンネルから英仏海峡トンネルへ

青函での実績を買われた持田は、1987年から厳しい国際関係を体験してきた英仏両国を結ぶ英仏海峡トンネル技術顧問、テクニカルアドバイザーとしても本領を発揮する。

英仏海峡トンネル完成式(1994年2月26日)にて、左よりサッチャー英首相、持田豊氏、モートンET(ユーロトンネル)社会長。

1994年2月、英仏海峡トンネル完成式の祝賀会場で、サッチャー英首相と出会う。サッチャー首相は、紹介された持田に「青函トンネルは非常に地質が悪いため大変な工事であったと聞いています。何度かの大出水にもかかわらず日本の高い技術力で克服され、建設が終わったようですね」「こちらは地質が良くて、うまく建設ができました。ですが、トンネルの前と後ろがいろいろ問題を持っています」と政治的、経済的困難さについて触れた。

1986年、サッチャー英首相とミッテラン仏大統領とが、民間投資による工事を進行することを正式合意、1987年12月から英仏合弁の民間会社ユーロトンネル社が、英仏トンネルの掘削を開始する。

英仏海峡トンネルを走る、国際列車「ユーロスター」最高速度 300km/h の高速鉄道。

持田は、この英断を下したサッチャー首相について次のように評価する。「この20世紀の終末に至って、世界が分極化し、ヨーロッパが一丸とならなければならなくなった現在、ともすれば保守性が強く、ヨーロッパ大陸からの対峙を求めようとする英国国民の深層意識を断って、トンネル建設に踏み切ったという大きな功績を持つ偉大な女性」だと。

青函、英仏海峡そして持田は、いよいよ日韓トンネルへと飛翔していく。

 

「日韓トンネル研究会」の理事から会長へ

佐々保雄と共に最初から「日韓トンネル研究会」の理事として参加し、4つの調査研究部会の第3部会(路線選定、設計、施工)副部会長として活躍する。

1984年、「日韓トンネル研究会 九州総会」での講演の中で、日韓トンネルに関する重要な視点を語っている。そのポイントを以下のように絞ってみた。

  • 関門トンネルから青函へは大きな飛躍であり、青函トンネルから日韓へは更にはるかな飛躍であること
  • 一番問題なのは、海底の最も長い部分、対馬から韓半島の区間で60~70キロメートルあること(青函は23.3キロ)
  • 最深部の水深は、青函が約140メートルに対し、日韓は150~170メートルあること
  • 技術的には、基本的に青函レベルの延長で可能であるが、但し、幾つかの課題点では青函を超える技術が必要となる。
  • 日韓トンネルを通すものとして、旅客と貨物、光ファイバー、大陸の石油や天然ガスを通すパイプライン、水資源、予備電力などがある
  • トンネルを走る走体は、かなり速いものとしてリニアモーターを考えるべき。車は、高速で走る走体の台車に積む。(リニアモーターカーであれば、日韓海峡間が約30分で結ばれる。東京―ソウル間は約3時間半で結ばれる)
  • 技術者の育成がポイントとなる(自然をよく知り、自分たちの技術力をよく理解し、使いこなせる技術者の育成が必要となる)

そして持田は、佐々の後、第2代目の日韓トンネル研究会会長に就任し、夢を引き継いで行く。

参考文献「青函トンネルから英仏海峡トンネルへ」持田豊著(中公新書)、「日韓トンネルプロジェクト」佐々保雄著(世界日報社)